いちえの「空飛ぶ声のBlog」

日々のあれこれ。

食べるのが面倒!?〜5年前の痛々しい私。

今日の午後、とある会合の休憩時間に頂いたごはん。

このお皿にのせられたごはんを一口食べると、涙が流れそうになった。

(でも、まわりに人が大勢いたので精一杯、我慢した。)

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今から5年前のこと。

「食べる」ことが面倒になったことがあった。

栄養分とカロリーさえ体に入れておけばいいんでしょ・・・

そんな気持ちになっていたから、

日々の食事はひどいことになっていた。

良くて、うどん。

栄養補助食品(○ロリーメイトや○ィダーインゼリーなど)や、野菜ジュースとサプリメント・・・

なんて日もあった。

しまいには、必要なカロリーと栄養素を点滴して欲しい、

そうすれば食べなくて良いのに、なんて思うこともあった。

念のため断っておくけれど、元々の私はそうではなかった。

美味しいものが大好きだった。

料理も好きで、友達を招いて食事会をしたりもしていた。

それなのに、その一時期、

料理をする気持ちにもなれなかったし、

美味しいものを食べたいという気持ちにもなれなかった。

「食べる」ことに興味を失っていたということは、

「生きる」ことにも興味を失っていたのかもしれない。

と、今になって思う。

当時、私自身は、それに気付いていなかった。

「食べる」ことに興味を失っていることすら、自覚がなかったと思う。

ただ、しんどかった。

その感覚だけは覚えている。

その頃は、家に帰っても、テレビも見たくなかった。

新聞も読みたくなかった。

本もほとんど読む気がしなかった。

そんな中で、何冊かだけ、読める本、読みたくなる本があった。

その中の一つがこの本だった。

著者の甲斐芳子さんは、

私が朝のラジオ番組を担当していたとき、

季節ごとに「山での暮らし」について、お話を聞かせてもらっていた人。

なぜかそのとき、ふと電話をしてみた。

「最近、甲斐さんの本を読み返しています。お元気ですか?」

「あら、そう。」

「懐かしくなって、ちょっと声を聞こうかなと思って。」

「こちらに来ることがあったらまた会いましょうね。」

「じゃあ。」

…という会話だろうと、思っていた。

しかし・・・

そうだった・・・・

甲斐芳子さんは、話し始めると話がどんどん膨らむのだった。

話が止まらない・・・

そして、とても勘のいい人だ。

甲斐さんが東京で生活していたころのこと。

私と年の近い娘さんが夫と子供を連れてUターンしたこと。

山での自然の営みのこと・・・

私の気持ちが楽になるような話をどんどんしてくれる。

私のことを根掘り葉掘り聞くことはしない。

そんな話を聞くうちに、私も自分の心の内を話していたように思う。

その電話から数日後。

私の暮らしていたアパートに宅配便が届いた。

ずっしり重かった。

差出人は甲斐芳子さん。

当時の写真が残っている。

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甲斐さんの暮らす山の湧き水、桜のチップで燻製にしたたくあん、沢のクレソン、フキノトウ味噌、たんぽぽコーヒー・・・

そして、

「今のあなたに必要なものを届けました」

そんな手紙が入っていたことを覚えている。

四国の山深い場所から、はるばる東京まで送られてきた

湧き水、山の恵み…。

その水を飲むと、涙があふれ、

桜の香りのする沢庵をかじってまたあふれ、

フキノトウ味噌は、私の味覚と嗅覚を刺激した。

甲斐さんに言われたとおりに玄米を炊き、

フキノトウ味噌と一緒に食べるようになって数日後、

私の顔に吹き出物が出始めた。

その吹き出物はみるみる増え、あっという間にひどい顔になった。

そこで、ようやく気がついた。

私、変だった。

食べずに点滴ですませたいなんて、思うなんてどうかしてる。

私、いまのままじゃ、ずっと「しんどい」ままだ。

フキノトウなどの春の山菜は、冬にため込んだ老廃物を排泄しやすいようにアクが強いのだとも言われている。

私の顔一面、首までにできる吹き出物は、

今までため込んだ「何か」を私の体は排出しようとしているのかもしれない。

それは老廃物のように物理的な何かかもしれないけれど、

抑圧していた感情だったり、自分で自分に与えていた厳しさだったり、

そういう「何か」も排泄しようとしているのかもしれない。

このフキノトウ味噌はなんて薫り高いんだろう。

この水はなんてやさしい味なんだろう。

まずは、「食べる」ことを思いだそう。

一度そう決めると、アンテナがそういう情報を一気にキャッチしはじめる。

何を食べる?

どう食べる?

どう選ぶ?

この野菜はどこからきたの?

誰がどうやってつくったの?

この魚はどこで捕れるの?

そんなことを考えはじめた。

・・・

あれから5年。

この5年の間には、

私は、

本業を一時休業したり、

セーブしたりして、

甲斐さんをはじめとする山で暮らす人たちを訪ね、

一緒に生活させてもらったり、

自然農の農家さんのところで研修させてもらったりした。

沢山の出会いの中で、

「食べる」こと、「くらす」こと、

その面白さと楽しさを見つめ直すことができた。

そして・・・

今は、また、本業にいそしんでいる。

山でも農園でもない、

街の中で仕事して、

土や木のにおいが恋しくなるときもあるけど、

おかげで、

街の中で暮らしていても、「食」を楽しめるようになった。

「食」の面白さはしっかり根付いた(と思う)。

とはいえ、こだわりが強いわけではない。

無農薬やら、玄米食やらにこだわりはじめるときりが無い。

誰もがそれができる状況ではないし、

私も、できていない。

ただ、明らかに好みは、そうなった。

体に良いから、という理由ではなく、

そういう食事を美味しいと思い、食べたいと思う。

野菜でも果物でも、肉でも魚でも、素材に生命力のあるもの。

最近ではブームもあってか、外食でも

そういう思いのあるお店も増えてきた。

でも・・・

例え、コンビニ弁当を食べていようが、

ファストフードで済まそうが、

(実際に今でもすきま時間にコンビニおにぎりをかじる日もあるけど)

5年前の一時期とは全く意識が違う。

ありがたく「いただく」

命として「いただく」

恵みとして「いただく」

点滴で栄養素だけ…なんて思っていた頃の自分が、痛々しい。

今日は、久しぶりに、甲斐さんにお会いすることができた。

甲斐さんの作った炊き込みご飯、お漬け物、などを頂いた。

食べたとたんに、5年前の痛々しい自分がよみがえってきた。

(甲斐さんが山に暮らすようになった経緯や、山での暮らしについてはこちらの本で紹介されています。)

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